対談その1 山本コウタロー

僕も沢君も東京育ち。5歳くらいの時は、まだ原っぱはたくさんありましたよね?
 でも小学校を出るころにはビルが建ちはじめて、それまで遊んでいた原っぱから追い出された。その時の喪失感というのはものすごく大きかった。
沢  自然の良さを知っているから、自然がなくなったら大変だと感じられる。
山本  東京は、日本でも最先端のものを具現化してきたところ。でもだからこそ逆に、自然を残していくことについて、新しく何かを発信できると思うんですよね。
沢  最先端の文明も本来は人間を幸せにするためにあったはず。人間と文明が一体であるという価値観を人の心の中に植え付けていかないと、文明の発展と同時に環境破壊が進んでしまう。
山本  子どもたちの時間や自然を大人が奪ってしまった分、子どもたちが自然の中で学ぶ「場」や「時間」を積極的に作っていってあげることも大事です。
沢  自然を取り戻すと同時に、自然を愛する子どもたちの「心」を育てていくことも私たちの課題ですね。民間と国と自治体が協力しておこなう環境教育のネットワークや、子どもたちが自然に触れる教育プログラムを作っていくことなどが、足もとから環境問題に取り組んでいくことだと思います。

 「僕が生徒会副会長に立候補した時、沢君に応援演説してもらった仲なんです」と山本さんが語っているように、二人は40年来の旧友。和やかな雰囲気の語らいは、自然と東京の原風景の思い出話へ。原っぱでのセミ採りや、皇居のお堀でのザリガニ釣り……。自然との触れあいを通して環境の大切さを体験してきたからこそ、環境問題を憂える姿勢も真剣に。大学教授と政治の世界——立場は違えど、東京発の環境への取り組みや環境教育について、熱のこもった対談となった。

山本コウタロー氏Photo山本コウタロー(本名・山本厚太郎) 1948年東京生まれ。ミュージシャン。一橋大学在学中にソルティーシュガーを率い「走れコウタロー」で日本レコード大賞新人賞を受賞。以後、音楽活動とともに、パーソナリティーや司会、講演等に活動の幅を広げながら、地球環境問題や男女共同参画にも積極的に取り組む。白鴎大学教授。主な著書に『ぼくのエコロジーライフ』(労働旬報社)など。

対談その3 竹中ナミ

竹中  障害があると、世間から同情的な見方をされてしまいます。保護の対象とみなして、年金や補助金で解決しようとするが、日本の社会には、彼らの可能性を伸ばすというプラスの視点に欠けているんです。
沢  同じ人間なのに、障害があるというだけで、その人の可能性の芽を摘んでしまうのは、非常に残念なことですね。その思いがプロップ・ステーションの設立につながったのですね。
竹中  実はチャレンジド(障害者)自身が生み出したともいえます。全国の重度の障害者1300人にアンケートを行ったところ、ほとんどの人が働きたいと答え、しかも、その武器はコンピュータであるという人が8割もいました。
沢  プロップの「チャレンジドを納税者にできる日本に!」というキャッチフレーズは、日本の福祉観を転換する試みの象徴だったわけですね。
山本  それまでの日本の福祉は「税金からナンボとってこられるか」というパイの奪い合いみたいな発想しかなかった。でも、働きたいという意欲を封じ込めて、年金や補助金を与えればいいというのは、すごく失礼な話だと思うんです。

 新しい時代に求められる福祉のあり方が、対談のテーマ。IT(情報技術)を利用して、障害者の自立と就労を支援してきた竹中さんの活動は、彼らのプラス面の可能性を伸ばし、日本社会の福祉観と労働観を転換させようという試みでもある。
 沢は、どんな人にも利用しやすい街づくりや、すべての人が誇りを持って生きていける「ユニバーサル社会」の実現こそ、国民の課題であると応じた。

竹中ナミ氏Photo竹中ナミ(たけなか・なみ) 1948年、神戸市生まれ。重症の心身障害児の長女を授かったことをきっかけに、ボランティア活動に携わる。92年、チャレンジドの自立と就労を支援する任意団体「プロップ・ステーション」を設立。98年に社会福祉法人格を取得。現在、プロップ・ステーション理事長。

対談その2 柴田理恵

柴田  「WAHAHA本舗」で芸人同士、互いに守り合ってきましたから、世間を見る目はシビア。ウソやズルで儲ける人は許せません。
沢  フジテレビで有力政治家の番記者もしましたが、政治の諸悪の根源は、「金権腐敗」にあります。政治家のお金の集め方には、目に余るものがありました。口利きや賄賂にすぐ手を染めてしまう。今まで、そういう政治家の行状を罰する法律は、贈収賄罪しかなかった。でも公明党が連立政権に入って、「あっせん利得処罰法」が成立しました。
柴田  私も知ってます! あの法律も、金権腐敗と真っ正面から戦う公明党が推進したからこそ成立したんですよね。
沢  私もテレビの世界から見ていて、あの自民党が公明党の案をよく飲んだな、と驚きました。こういう政治をどんどん進めていけば、我々庶民の手に政治を取り戻すことができるというのが、私の実感です。
柴田  政治の表も裏も真実も、全部知っている沢さんが、「政治は庶民のためにあるべきだ」と、政治の世界に飛び込もうとしている。これほど信用できる、頼もしい人はいないですよ!

 小さいころ、母親から受けた影響が大きかった二人。沢は、親子心中の寸前で思いとどまった母が、多くの庶民に支えられ、再起した自身の少年期を回想。柴田さんは、豪快に遊ぶこともあった母だったが、その背中から、強い愛情を感じていたと語った。下積み時代に苦労した柴田さんは、その庶民感覚から、庶民の手に政治を取り戻そうとする沢に共感し、熱いエールを送った。

柴田理恵氏Photo柴田理恵(しばた・りえ) 1959年、富山県生まれ。女優。84年「WAHAHA本舗」創立。「笑っていいとも」など、テレビのバラエティー番組はもちろん、ドラマ、舞台、映画、ラジオなど幅広く活躍。舞台「喜劇売らいでか」、映画「秘密」など多数出演。著書に『良いこはまねをしないでね』。

プロフィール

《家 族》妻と1 男2 女の5 人家族 
《座右の銘》「平素の鍛錬に力め戦はずしてすでに勝てる者に勝利の栄冠を授くる」
 
● 目黒区立碑小学校、千代田区立麹町中学校、都立城南高校を卒業。

● 1971年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業(石川忠雄ゼミ)。

● 同年、フジテレビジョンに入社。報道局配属:政治部、社会部、外信部記者を経験
                                        
プロデューサーとして「FNNスーパータイム」や「報道2001 」などの人気番組を次々と立ち上げる。「FNNスーパータイム」では、逸見政孝、幸田シャーミンを起用。
平均視聴率20%を超え、テレビニュースの革命といわれる。

● 1993 年、報道センター編集長に就任。全てのニュース、報道特番に関する現場の最高責任者に。

● 1995 年、ニューヨーク支局長。スペースシャトル打ち上げ、アトランタ五輪、大統領選挙、ペルー大使館占拠事件など取材。
● 1998 年、(株)スカイエンターテイメント 副社長に就任。

● 1999 年、フジテレビ国際局局次長。

● 2003 年、公明党より参院選東京選挙区に公認。

● 2004 年7月、参議院議員東京選挙区にて初当選。


2007 年8月、農林水産大臣政務官に就任(安倍内閣・福田内閣)。

2008 年9月、参議院法務委員会委員長に就任。

所属委員会:  これまで、 
         法務委員会委員長、予算委員会理事、
         総務委員会オブザーバー理事、
         外交防衛委員会委員、経済産業雇用調査会理事、
         憲法調査特別委員会委員を歴任。
         現在、
         総務委員会オブザーバー理事、予算委員会委員、
         国民生活・経済調査会理事。

党役職:    これまで
         参院国会対策委員会副委員長、宣伝局次長を歴任。
          現在、
         広報局次長、国際局次長、東京都本部副代表。
         拉致問題対策委員会事務局長、災害対策本部事務局次長

所属部会等:  現在
         総務部会長代理、法務、外交・安全保障、農林水産、各部会副部会長
         外交安全保障調査会事務局次長、
         地方分権推進本部副本部長、
         新型インフルエンザ対策本部事務局長代理、
         貧困と格差問題に関するPT事務局長、
         地上放送のデジタル化対策PT副座長、
         住宅・街づくりPT副座長
         都市農業振興PT副座長、